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「あれんじ」 2021年4月3日号

【四季の風】
【第53回 菜の花】

【第53回 菜の花】

春潮を見て鳳作に会ひにゆく        中正

 三年前の取材の旅は、特急「指宿のたまて箱」で行く早春の鹿児島。これが、一面の菜の花と紺碧の海の素晴らしい旅。一番の見どころが、JRで日本最南端の駅・西大山駅。何てことはない無人駅だが、目の前に広がる菜の花畑と、その先の美しい円錐形の開聞岳。おまけに、駅前の郵便ポストまで菜の花の黄色。

 さらに最南端の長崎鼻へは車で。岬の先端に、私が若い頃好きだった俳人・篠原鳳作の端正な句碑〈しんしんと肺碧(あお)きまで海の旅〉があるが、私には半世紀ぶりの再会だった。

菜の花に少年海を好みけり  五所平之助

 五所平之助は映画監督。庶民派で抒情豊かな作品で有名。

 それに、菜の花といえば花菜漬。この小さい黄と緑の美しい漬け物には、春の日ざし、せせらぎの音、風のそよぎ、雲雀(ひばり)の声、畦の風景など子ども時代への郷愁一切が詰まっている。私の俳句仲間のとても知的でやさしい細身の方に花菜漬の句があるが、この方も思い出となってしまわれた。

食細くなりしと思ふ花菜漬       辻野勝子