肥後医育塾公開セミナー

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平成12年度 第2回公開セミナー「がんはどこまで治せるか」

【講師】
国立がんセンター名誉院長
市川 平三郎

いちかわ・へいざぶろう 
大正12年東京生まれ。千葉医科大学を卒業後、千葉大学医学部助教授を経て、昭和37年、創設された国立がんセンターに勤務。同51年より同センター病院長、平成12年より現職。日本癌情報センター代表、中国医科大学名誉顧問などを歴任。がんの早期発見につながる「X線二重造影法」により朝日文化賞、総合医学賞を受賞した日本を代表するがん臨床医である。

『胃・大腸・肝臓 卓越した日本のがん医療』
がんは老化と深いかかわりも


   「がん」を「どこまで治せるか」と聞かれると「ここまで」と明言するのは難しいのですが、副題にもありますように「胃・大腸・肝臓」に関しては、日本の医療は世界的に高いレベルにあると断言できると思います。
 それにはいろんな要素がありますが胃・大腸がんに関しては『レントゲン二重造影法』という診断法が確立されたことが大きく関係しています。皆さんの中にもバリウムを飲んだ経験のある人がいらっしゃると思います。飲む前後に白い粉を飲んで「げっぷをしないように」と言われたことでしょう。実は、それを最初に生み出したのが私たちなのです。始めたのが昭和37年6月ごろの話で、もう40年近く前になります。

 その診断方法を始めて半年もしないうちに、米粒の半分くらいのがんを見つけました。内視鏡の先生が「何もない」というのを「いや、ある」と言って、外科の先生に談判して手術していただきました。国立がんセンターができた途端の"快挙"がセンセーションを巻き起こし、以来、世界中から多くの医師が、がんセンターに診断法を習いに来ました。
 しかし外国から来て一生懸命勉強して帰った医師の多くは「日本から変なことを習ってきた」と、つまはじきにされました。私たちも国際会議などで、早期がんの発見法をいくら主張しても「それはがんではない」とか「こんなの見たことない」「教科書に載ってない」という理由で反対されたことを思い出します。

 世界中の胃がんの専門家がドイツのミュンヘンに百人くらい集まって、胃がんをどこまで治せるかという話をしたことがあります。がん治療の成績をみるとき、百人治療したうちで5年以上生きて元気に働いている人が何人いるかという『治癒率』が一つの目安になります。日本の平均値は約70パーセントです。10人のうち7人は助かるというのが常識です。一方、日本では「手術死」といって、手術後一カ月以内に亡くなった人の統計も重要です。私がドイツに行く前、日本のがんの「手術死」は全国平均0.7パーセントでした。ドイツで、各国の研究者に「手術死はどのくらいあるか」と質問すると、各国から出される数字は日本をはるかに上回っていました。当時から日本の外科医や病理学者のレベルが、世界的に見て高いレベルにあったと言えます。
 私はそのことを証明するために、がん患者から摘出した細胞標本をいくつか顕微鏡にセットし、欧米の医師たちと日本の医師たちに見せ、どの標本ががんであるかを投票させました。
 すると、診断の基準が違うから、答えが全然違うのです。ある患者の生検(疑わしい組織の一部を採取して、がんか否か診断すること)の標本を日本人医師は全員がんと診断したのに、欧米の医師たちは全員がんではないと診断しました。日本は早期の胃がんを見つける技術が、飛びぬけて優れているわけです。
 同じことが大腸がんにもいえます。大腸がん患者は欧米には、大変多いのですが、日本は欧米の四分の一くらいしかいませんでした。それが最近、どんどん増えています。そこで、胃がんで培ったレントゲン二重造影法や内視鏡の技術を大腸に応用し始めたのが十数年前です。あっという間に欧米を追い越してしまい、今では欧米からたくさんの医師がその技術を習いに来ています。

 がんというものはきわめて年齢と関係が深いものです。研究者は皆、がん化と老化に関して、寝食を忘れて研究しています。その研究が進むほど、がん化と老化とは非常に似ていることが明らかになってきました。がん化は老化と親戚なのです。
 老化により細胞にはいろんな変化が起きます。全体が平均的に老化していけば老衰で死にますが、部分的に老化するとがんになります。つまり胃だけ急に老化すると胃がんになり、肝臓だけ老化すると肝がんになると理解するのが実際的です。
 年齢とがんとの関係の深さを、十歳ごとに区切ってみると、零歳の赤ちゃんにもその年齢でないと発生しないがんがあります。目の網膜にできるがんです。
 私が昭和37年にがんセンターに着任したときには、赤ちゃんが目のがんでたくさん入院していました。そのころの治療法は取ってしまう手術なのです。取らないと脳がすぐ近くにあるので命が危ないのです。さらに半年か一年くらいたつともう一方の目にもできるので、そっちも取ってしまいます。
 がんは遺伝しないものが圧倒的ですが、少しだけ遺伝するのがあって、それにこの「目のがん」が入るのです。それを見つけたら、必ず親戚の赤ちゃんを連れて来させて検査します。そしてごく早期の段階でがんを見つけ、放射線治療で治すのです。おかげで現在は90パーセントが目を取らないで治るようになりました。

 早期発見すれば治るのが当たり前なのにみんなが検査に行かないのはなぜでしょうか。国は何億円というお金を投じているのに、検査に来る人は予想の三分の一もありません。多くの人が大切な早期発見の機会を逃しています。定期的に検査を受ける習慣を生活の中に組み込んでほしいと思います。
 がん患者は30歳代になると急に増えます。老化が早く始まる女性に子宮がん、乳がんが出てきて、全体的ながん年齢を押し下げているのです。厚生省が、40歳を超えたら年に一度検診を受けるようにと予算を組んでいるのはそのためです。
 50歳代、60歳代、70歳代と年齢が高くなるにつれて、がん患者が倍に増え続けます。このことからみても、がんが老化と深くかかわっていることがお分かりでしょう。なお80歳代になると倍増まではいかず、90歳代では80歳代よりがん患者の数が少し減ります。これはほかの病気で亡くなる人が増えるためです。

 明治43年に統計をとった時、日本のがん死は約3万3千人でした。平成になると年間約30万人ががんで亡くなっています。全死亡者の三分の一が、がん死です。長生きすればがんになるのは当たり前だと思ってください。「長生きはしたいが、がんにはなりたくない」というのは、船も飛行機も使わずにアメリカにいきたいというようなもので、無理な話です。みんなこれに似通った道を通って人生を終わるのです。
 私が昭和37年にがんセンターに行ったころは、治療した人で5年以上元気に働いている人は30数パーセントでした。しかし現在では、まもなく60パーセントを超すのではないかと思います。がんは6割は治るという時代になっているのです。そして治った人たちを詳しく調べると、いい薬や放射線治療のおかげで治ったことも事実ですが、早期に見つかった人のみが治っているのです。このことをよくお考えいただき、ぜひ定期的に検査を受けていただきたいと思います。