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「あれんじ」 2019年2月2日号

【元気!の処方箋】
高齢者とは異なる対応が必要な若年性認知症

「若年性認知症」は、仕事や家庭の中心を担っている時期に発症するため、発見の経緯やその後の経過において、高齢者のそれとは異なることも多々あります。今回は、「若年性認知症」についてお届けします。

【はじめに】若年性認知症とは
【図1】若年性認知症を引き起こす病気

 認知症といえば高齢者の病気と考えられがちですが、40代や50代の働き盛りの時期に発症する認知症もあります。若年性認知症は、65歳より以前に発症した認知症のことです。

 平成29年度に介護認定を基にして行われた調査によれば、熊本県内で769人の若年性認知症の患者さんが確認されています。決してよくある病気ではありませんが、就労や経済問題など若年性特有の問題に対して、高齢者の認知症とは異なる対応が必要となりますので、社会的にも注目されています。

 図1に若年性認知症を引き起こす病気の内訳を示します。最も頻度が高いのが、脳出血やくも膜下出血などの脳血管障害によって引き起こされる血管性認知症です。ただし血管性認知症の多くは症状が進行しませんので、最近では高次脳機能障害として認知症とは区別されています。実質的に若年性認知症として問題となるのがアルツハイマー病です。


【早期発見に】専門医療機関への受診を
【図2】若年性アルツハイマー病患者さんのMRI(上段)と脳血流(下段)画像

MRIでは脳萎縮は年齢相応であるが、脳血流は著明に低下している(矢印で示した、色がついているところが血流低下部位を表している)

 若年性認知症患者さんの多くは職場で異変に気付かれます。頼まれた仕事を忘れていたり、仕事の手際が悪くなったりして職場から病院受診を勧められますが、年齢が若いこともあり、大抵は認知症よりもうつ病を疑われて受診されます。

 実際に初期のアルツハイマー病患者さんは、仕事ができなくなったことに不安を感じたり落ち込んだりするため、多かれ少なかれうつ状態を伴っています。病院でも最初はうつ病と診断されることが多く、うつ病の治療が行われますが、うつ状態が回復して職場に復帰しても認知症のため仕事はできないままですので、ここでようやく認知症の存在に気付かれます。

 平成21年度に我々が実施した調査では、最初に受診した病院で認知症と診断がついた若年性認知症患者さんはわずか1/3しかなく、1/3の患者さんは3カ所以上の病院受診を経てようやく診断がついていました。

 若年性アルツハイマー病では、脳のMRIで変化が現れにくいことも診断が難しい理由の一つです。近年、MRIを撮影すれば自動的に認知症かどうかを判定してくれるソフトが医療現場では汎用されています。しかし脳の萎縮が目立ちにくい若年性アルツハイマー病の場合、そのソフトでは「異常なし」と判定され、病気が見逃されることがあります。このような例でも、念入りな診察と脳血流検査を組み合わせれば診断は比較的容易ですので(図2)、若年性の認知症が疑われた場合は、認知症疾患医療センターなどの専門医療機関への受診をお勧めします。


【就労中の場合は】職場環境の調整を

 就労中の患者さんの場合、経済的な問題や脳機能維持の観点から、できるだけ長く仕事を続けられることが目標となります。そのためには職務の軽減などの職場環境の調整が重要となります。

 患者さんが認知症を抱えて働き続けるためには、職場の上司・同僚の理解やサポートが必須ですので、担当医から病気の特徴や職場での注意点を職場関係者に説明してもらいます。また認知症の進行に応じて、適宜職場環境の調整を行います。

 中には仕事を続けることが患者さん本人のストレスとなっていることがあります。「皆に迷惑をかけている」「また失敗をするのではないか」といつも心配している状況は本人の心をむしばみ、不安やうつ、イライラなどの精神症状を誘発しますので、適当な時期に退職を検討することも必要です。


【自立した生活の支援に】制度やサービスの利用を
【図3】若年性認知症患者さんが利用可能な制度・サービス

 残念ながら、若年性認知症を根治する治療薬はまだ開発されていません。現在発売中の認知症治療薬は、症状の進行を遅らせてはくれますが認知症を治してしまうことはできません。

 しかし認知症と診断されても、すぐに介護が必要な状態になるわけではなく、当面は何らかの援助があれば自立した生活を送ることができます。

 「退職したけれども何か仕事をしてみたい」「公的な援助はあるのだろうか」「将来のケアはどのようにすればいいのだろうか」など、ご本人、ご家族が抱える心配や疑問に対して、図3に示すような支援制度やサービスがありますのでご相談ください。


【患者さんの思い】

 認知症の話題になると、介護をするご家族の苦悩に目が向きがちですが、患者さんご本人もさまざまな葛藤を抱えて生活されています。当院を受診された若年性アルツハイマー病患者さんの“思い”を紹介します。

【50代女性】
 発症前のことはよく覚えているが、この1〜2年のことはボツボツ抜けていて、覚えている時と覚えていない時があるみたい。物忘れは少しずつ進んでいるように感じるし、この先良くならないと思う。これ以上病気が進んで、人に迷惑をかけるのが一番怖い。仕事も家庭生活もしているし、自分なりに頑張っていると思う。他の人よりも悪くはないと思っていても、できない自分を責めてしまう。良くなることはないかもしれないが、悲観しないようにできることはやらなきゃとも思う。家族にはいろいろやってもらっているから、「ごめんなさい」という気持ちでいっぱいになる。

【50代男性】
 「物忘れをする」と指摘する周りの人たちが間違っていると思う。一方で、忘れっぽくなっていると思ってしまう自分もいる。病気だと思ったり、年相応だと思ったりする。何かグレーな気分。イライラするのは薬の副作用なのか、それとも今の状態のせいなのか。何回も間違いを指摘されると感情が高ぶるが、感情が高ぶるのも病気のせいなのか? いろいろ言われると頭がおかしくなるので、時に「ちくわ耳」になっている。


執筆いただいたのは

熊本大学大学院生命科学研究部神経精神医学分野
橋本 衛(まもる) 准教授
・精神保健指定医
・日本精神神経学会指導医
・日本老年精神医学会専門医
・日本認知症学会専門医